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このページ作成 2021.5.14~ 更新2021.7.9
延命寺は今治駅から西へ約4キロメートル行った所にある。
53番円明寺(えんみょうじ)とはよく似た発音の寺号54番延命寺(えんめいじ)
である。その通り、明治時代まではどちらも円明寺だったそうだ。
ここ延命寺は、行基が不動明王を刻み、本尊として開基した。
その後、弘法大師が巡錫して再興したと伝えられている。
明治維新後に円明寺は延命寺と寺号をr改めあれた。
享保17年の大飢饉の際に西国では1万2千人の餓死者を出したが、
この地域では一人の餓死者も出なかったそうだ。
これには、この地の庄屋・越智孫兵衛が代官に直訴して年貢米を軽くする
ことに成功していたからだといわれている。
その彼の墓が茶堂の近くにある。
更新2021.7.9
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掲載 2021.9.28
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掲載 2021.9.30
その他のお堂等への拝観のページは、現在作成中です。
撮影: 2016.5.12日
山門寺の入口・山門です。 |
本堂中門から見た本堂の様子です。 |
寺番号・寺号 の札
八十八ヶ所番号「54番」と寺号「延命寺」 |
大師堂
大師堂正面です。 |
大師堂内部
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